したためノート

自分の考えをまとめる為、思った時に思ったことをしたためています

技術の進歩はスキルの対象を変えてしまう

 
例えば、今は英語を話せることがスキルとされていて、人と比べられる時そのスキルは自分を優位にしてくれます。
でも1年後2年後に同時通訳のできるソフトが開発されてもおかしくない時代でもあります。
同時通訳ソフトのある世の中で高い給料を払って英語の話せる人を雇う価値があるのでしょうか?(言語能力と文化理解は分けて考えています)
 
こういう事例は思いつく限りでたくさんあります。
鉄砲のある時代に剣の達人は戦争に必要か?第二次世界大戦宮本武蔵がいたら大活躍していたか?

 

 
 
英会話能力+話す中身を考えるのが旧世代のスキル。
中身を考えることだけが次世代のスキル。
 
旧世代は話す中身を考えることも英会話能力も求められたので、時間的制約などの要因からどうしても中身が薄くなってしまったり、両立には才能が必要だったりしていました。
 
技術で代替することが難しいスキルほどより長い時間重宝される傾向は歴史を見てわかる通りです。鉄砲より強力で利便性の高い武器が登場したら、射撃の達人は失業してしまうかもしれません。
だから息の長いスキルを見極めて習得すること・子供たちに教育してあげることが大事だと思っています。
 
時代に応じてスキルの対象は変わるし、その時代にあったスキルを先天的に持っていた人・そのスキルを習得しやすい環境にいた人がエリートと呼ばれています。
 
戦時中は人殺しの天才がエリートでした。今は人殺しの天才がエリートと呼ばれますか?